『仁義なき戦い』: 抗争とサングラスの象徴としての小林旭
カッコよさに心が燃える! アクション映画(洋画・邦画)ランキング 3位『仁義なき戦い』(1973年公開/11.4%)
1位『るろうに剣心』(2012年公開/17.9%)
2位『七人の侍』(1954年公開/11.8%)
3位『仁義なき戦い』(1973年公開/11.4%)
4位『永遠の0』(2013年公開/7.4%)
5位『極道の妻たち』(1986年公開/6.1%)
5位『アウトレイジ』(2010年公開/6.1%)
7位『クローズZERO』(2007年公開/4.8%)
7位『キングダム』(2019年公開/4.8%)
9位『BRAVE HEARTS 海猿』(2012年公開/3.9%)
10位『ザ・ファブル』(2019年公開/3.5%)
11位『図書館戦争』(2013年公開/3.1%)
12位『バトル・ロワイアル』(2000年公開/2.6%)
13位『亜人』(2017年公開/2.2%)
14位『その男、凶暴につき』(1989年公開/1.7%)
14位『GANTZ』(2011年公開/1.7%)
14位『真田十勇士』(2016年公開/1.7%)
17位『十三人の刺客』(2010年公開/1.3%)
17位『リアル鬼ごっこ』(2015年公開/1.3%)
17位『銀魂』(2017年公開/1.3%)
20位『グラスホッパー』(2015年公開/0.9%)
3位『仁義なき戦い』
実在のヤクザ、美能幸三の手記をベースにした飯干晃一原作のノンフィクションを映画化。広島の呉市を舞台に、それまでの任侠映画にはなかったヤクザ同士のリアルな抗争を描く実録物の群衆活劇。菅原文太ほか、勢いのある若手俳優を多数起用していることも特徴となっている。
監督/深作欣二
公開年/1973年
・「俳優陣の豪華さ、脚本の面白さ」(55歳女性/その他/その他・専業主婦等)
・「昔はアクションが大掛かりで面白かった」(47歳女性/建設・土木/事務・企画・経営関連)
・「バリバリのヤクザ映画で、昭和の名俳優が数多く出演しています。偲ばれる人達が増えたのが残念ですが」(53歳男性/物流・倉庫/技能工・運輸・設備関連)
・「かなり古い作品ですが、今の役者では考えられないくらい迫力がある役者ばかり出ていて、やっぱりすごいなと今でも思いますね」(49歳男性/その他/その他・専業主婦等)
・「なんといっても実話であること、そして役者のシブさ、深作監督独特のカメラワーク。この映画を超えることはできないほどの名作」(48歳男性/旅行・観光/営業関連)
・「任侠映画っていいね」(52歳男性/その他/その他・専業主婦等)
映画 仁義なき戦いでのピラニア軍団
仁義なき戦い 不朽の名作と称えられる衝撃の第1作【1973年1月13日公開】
終戦直後の呉。復員後遊び人の群れに身を投じていた広能昌三は
その度胸と気っぷの良さが山守組々長・山守義雄の目にとまり
山守組の身内となった当時の呉には土居組、上田組など四つの主要な組があったが
山守組はまだ微々たる勢力にしかすぎなかった。
そこで山守は上田組と手を結ぶことに成功し当面の敵、土居組との抗争に全力を注ぐ
その土居組では組長の土居清と若頭・若杉が仲が悪く事あるごとに対立しとうとう若杉は
破門されてしまった。
そして、若杉は以前からの知り合いである広能を通じて山守組へと接近していった
若杉の山守組加入で、土居殺害の計画は一気に運ばれた
広能は土居殺害を名乗り出た若杉を押し止どめ、自ら土居を襲撃し、暗殺に成功
ところがそれ以来、山守の広能に対する態度が一変し、組の邪魔者扱いにするようになり
広能は結局自主して出るのだった。その態度に怒った若杉が、山守の若い衆を殺害
したことから警察に追われ、激しい銃撃戦の後、殺された。 その間にも、土居組の崩壊と
反比例して、山守組は増々勢力を伸ばしていった
しかし、その組の中でも、主流派の坂井鉄也と、反主流派の有田俊雄という
二つの派閥が生まれ、山守を無視しての内戦が始まっていた
まず、市会議員・金丸と、土居組の残党を味方に引き入れ勢いづいた有田は
坂井の舎弟山方、兄弟分上田を殺害した。激怒した坂井は有田を破門するとともに
報復に出た。次々と射殺される有田一派、ついに血で血を流す凄惨な抗争車件に
発展してしまった。そして、警察の出動により有田は逮捕、兄貴分の新開は殺された
勝ち残った坂井は、広島の海渡組と手を組み、山守に替って呉を支配するかのように
振るまうようになった。
やがて今ままでの内戦を黙視していた山守の巻き返しが始まった
山守は、丁度その時仮釈放で出所した広能に坂井暗殺を捉した。
冷酷な山守の魂胆を見抜いている広能は、微妙な立場に立たされた
山守に従う気はないが、そうかと言って坂井に手を貸す気もなかった
そんな時、矢野組々長・矢野修司が坂井と海渡組の手を切るぺく画策中に殺された
山守の恐るぺき執念がついに実行される。
殺気立っていた矢野組々員をけしかけ坂井を襲撃させたのである。
坂井は血だるまになるまで銃弾を受けた翌日、坂井の葬儀が盛大に行われた。
広能はかつて憧れたやくざ社会に虚しさと怒りを抱きながら
無傷の喪主山守の 前を去っていった
仁義なき戦い 広島死闘篇 抗争は呉から広島市へ村岡組若衆の山中正治を主軸に据えたスピンオフ的位置づけの第2作【1973年4月28日公開】
広島、終戦直後から駅前の縄張りをめぐって対立していた博徒の村岡組と
テキ屋の大友連合会は、一時休戦状態を続けていたが、昭和27年、
村岡組が広島競輪場の支配を独占したことに端を発し、再び抗争へと突入していった。
工員だった山中正治は博奕がもとで、やくざを傷つけて傷害罪で逮捕された。
若い山中は刑務所でも荒れ狂い、その度に呉の山守組々員・広能昌三になだめられた。
三年後。仮出所した山中が広島駅前の大衆食堂で無銭飲食し、店の主人・靖子と
やり合っていた所、グレン隊を引き連れた大友勝利たちに袋だたきにあってしまう。
この勝利は、大友連合会・大友長次の実子で、村岡組の縄張荒しをしていたのである。
深傷を負った山中を靖子は自分のアパートへ連れて行き、治療した。
靖子は村岡組々長の姪で子持ちの未亡人だった。山中の噂を聞いた村岡は
一度は靖子と肉体関係を結んだことを怒ったが、正式に村岡組若衆として盃を交わした。
一方、勝利は、テキ屋で甘んじている父に見切りをつけ、村岡の兄弟分の時森勘市を
抱き込み博徒大友組を結成した。
そして、勝利自ら先頭に立ち、村岡組の事務所を襲撃した。
村岡は、松永弘や山中の働きで一命をとりとめたが、直接報復に出る事をさけ
山中一人に行動を命じた。時森を追って呉にやって来た山中は広能組を
結成した広能と再会。
広能は呉で時森を殺さすわけにはいかず、広島で山中に引き渡すと約束した。
だが時森は山守組に泣きついてしまった。山中への約束を果たせなくなった広能は
自ら時森を射殺した。一方時森を失った勝利は関西に逃れていった
靖子との仲を村岡に認められ有頂天になった山中は、命じられるままに大友組の残党を殺していった。しかしこれは村岡のしくんだ罠で、山中は翌日、殺人罪で逮捕された。
山中がこの事実に感づいたのは、数ヵ月後、刑務所の中で、仲間から靖子が近々結婚する
と聞かされた時だった。裏切られたと知った山中は刑務所を脱走村岡の家へ駈けつけた。
しかし家には靖子がおり、結婚話など微塵も出なかったので、山中は村岡への懐疑心
を深く詫びるのだった。その頃、勝利が広島に舞い戻り、報復を開始していた。
そして、ついに勝利は村岡の子分を殺害した。怒った村岡は、大友組壊滅を命じた。
広島市内の随所で銃撃戦が展開される。村岡への義理をたてる山中は殺人鬼と化していき
村岡はそんな山中をフルに利用した。数日後、ついに山中は勝利を見つけ、拳銃を発射
傷を負った勝利は動きがとれず警察に逮捕された。
警察に追われる山中が呉の広能を訪れた
彼を隠まおうとする広能を振り切って、山中はふたたび広島へ戻った。
しかし、松永から靖子の一件の事実を聞かされ呆然となる。警察に包囲され
もはや誰もが信じられなくなった山中は自らの拳銃で自決した
山中の葬儀が盛大に行われた。
参列した山守たち親分衆は「任侠の鏡」と山中を誉めちぎるが広能は
虚しさでいっぱいだった